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フジテレビ 視聴率低迷でオワコンの危機〜54歳・終わりまでの歴史〜

      2015/11/02

フジテレビが視聴率低迷でオワコンの危機ざます。

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出典:ママが初出演したドラえもん1巻ざます

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1970年代フジテレビはオワコン

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1970年代は、「神田川」などフォークソングがヒットし、ピンクレディー、およげ!たいやきくんが売れた時代ざます。

フジテレビは8チャンネルであることからも分かるように後発の局。番組作りの実績がないばかりか、一部の家庭では6チャンネルまでしか映らないテレビもあり大苦戦していたざます。

この頃フジテレビはいまでは考えられないですが、健全な番組作りを心がけ「母と子のフジテレビ」をキャッチフレーズにしていたざます。以下のような良質なアニメ番組が人気だったざます(放送開始日順)。

・あしたのジョー
・ゲゲゲの鬼太郎
・ムーミン
・アルプスの少女ハイジ
・フランダースの犬
・サザエさん
・タイムボカン
・母をたずねて三千里
・ドガベン
・あらいぐまラスカル
・銀河鉄道999
・赤毛のアン

今でも知られている名作ばかり。バブル臭満載の舞台セットのなか出演者の乾いた笑いがうつろに響く現在のフジテレビの姿からは想像ができないラインナップざます。

しかしアニメだけでは視聴率が取れないのも事実で、フジテレビは現在以上の大苦戦を強いられていたざます。

1980年代「楽しくなければテレビじゃない」路線でフジテレビがトップに

1957年生まれのフジテレビは1981年、人間でいうと24歳の時期に大革命を起こしたざます。それまでの「母と子のフジテレビ」論戦を捨て「楽しくなければテレビじゃない」という路線(=軽チャー路線)に大転換。1986年から始まるバブル景気(=ディスコのお立ち台ブームに象徴される)に向け景気がいい時代。視聴者は仕事のことや生活のことをあまり考えなくても良いため、とにかくハチャメチャに笑える番組を求めていた時代背景を見事に射抜いた形ざます。

1982年に比較的落ち着いた番組が多かった昼休みに、夜しかお目にかかれない芸能人を大盤振る舞いした「笑っていいとも!」が登場。高い視聴率を獲得しフジテレビの看板番組になったざます。

象徴的だったのが「オレたちひょうきん族」のヒット。ライバルの「八時だよ!全員集合」がシナリオをもとにした手堅い作りだったのに対し、ひょうきん族は明石家さんまやビートたけしが羽目を外しアドリブで勝負。ついに当時の怪物番組「八時だよ!全員集合」を終了に追い込んだざます。

フジテレビ躍進の立役者は、「笑っていいとも!」のタモリ、「オレたちひょうきん族」の明石家さんまやビートたけし。以上がお笑いBIG3。また1987年から始まった素人合コン番組の「ねるとん紅鯨団」も大ヒットし、とんねるずもフジテレビ躍進の立役者ざます。

明石家さんまが旧勢力の欽ちゃんを撃退した瞬間

ドリフ(=志村けん、加藤茶が所属していたグループ)や欽ちゃんの時代が終わり、BIO3やフジテレビの時代がやってきたことの象徴が「欽ドン・明石家さんまと萩本欽一の共演」。

人気が落ち始めた欽ちゃん(=かつてのトップお笑いタレント萩本欽一)の番組のコントに明石家さんまがゲストで登場しました。セリフきちんと覚えて計画的にすすめるのが欽ちゃんスタイル。しかし明石家さんまはシナリオを覚えてこず、流れも時間も無視して会場の関心と笑いをかっさらい、欽ちゃんは終始主導権を取れなかったざます。

これが時代が変化した瞬間ざます。

1982年からフジテレビが視聴率3冠王を12年連続

バラエティだけでなく、バブル期の雰囲気に合った「トレンディ・ドラマ」もヒットさせフジテレビは1993年まで視聴率3冠王(全日、ゴールデン、プライム)を継続したざます。さまざまな流行はフジテレビから発信され人々の話題の中心にあったざます。1994年に日本テレビにトップを奪われつつも、2004年には返り咲き28年に渡り好調を継続したざます。

2011年 28年続いたフジテレビの好調が終わり不振が始まる

2011年に日本テレビがフジテレビを追い越し、2012年にはテレビ朝日がフジテレビを追い越したざます。その後はバラエティ番組、ドラマをことごとく失敗。いまでは出版社からテレビドラマ化を遠慮してほしという意見が出るほどの地位に後退したざます。

フジテレビの歴史は以下の通り。

0歳(1957年)… フジテレビ誕生

〜23歳(〜1980年)… 下積み期

24歳〜53歳(〜2010年)… 好調期

54歳〜(2011年)… 不調期

会社の寿命も人間のピークも30年間くらいと言われるざますが、見事にその通り推移しているのがフジテレビの歴史ざます。

別の記事でフジテレビの視聴率が低迷しオワコン化した理由を書くざます。

(ママ)

 


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 -ネット文化とメディア批評

  Comment

  1. たけし より:

    フジテレビが凋落したのは、
    お台場に社屋移転し、庶民の暮らし、空気がわからなくなったからでしょう。
    ゆりかもめで普通の通勤客を見下ろし、
    一大観光スポットの中を歩いて出社していく。
    そこには普通の庶民はいないんです。
    豪華な社屋に、豪華で新しい、スタジオ。

  2. 貿易会社広報部 より:

    たけし様 コメントありがとうございます
    現在海外からのスパム投稿が多数あり、コメントの確認、承認、ご返信がかなり遅くなっております。
    今後何らかの対策をいたします。

    お台場への社屋移転も要因というのは最もです。

    フジテレビ視聴率低迷で危機 本当の原因・理由(3)「ファーストクラス的な」の記事に近い内容がございます。

    普通の庶民の一緒に通勤し、同じ居酒屋で飲むべきですね。

  3. […] 参考:フジテレビ 視聴率低迷でオワコンの危機〜54歳・終わりまでの歴史〜 […]

  4. 下請けフリーランス より:

    テレビ制作の下請けで働くものです。
    この記事は定期的に何度も拝読させていただいておりますが初めてコメントいたします。
    というのも、この前初めてお台場局の番組に携わったのですが、やはり局員が他の局と違う…
    なんだかバカンス気分で働いている印象を受けました。全員そうではないとは思いますが…

    先日虎ノ門局がヒルズに引っ越しましたね。
    お台場の二の舞にならないことを祈ってます。

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